いつかの透明水彩画
何かをはじめようとする前に、まず自分の周辺環境を整える習性がある。
例えば学生時代、試験勉強を開始する前には、まず部屋の片付けをする。そうしながら、自分の頭の中も整理して、新しいものがはいるスペースを作っているようだ。
2月末に絵画教室恒例の生徒作品展がある。
まだまだ余裕がある、と思っていたら、提出期限までもう1ヶ月ちょっとしかない。
何枚かエスキースは描いていたのだけれど、そろそろ本画にとりかからなくては、と思って今朝から始めることにした。
で、例によって、過去の下書きの紙やら、描きさしやら、ごちゃごちゃになっていたので、まずそいつらを整理することにした。ごそごそと紙をよりわけていたら、去年描いた水彩画が出てきた。
生意気にも、ある知人の描いた水彩画へのアドバイスとして、こんなふうにしてみたらという見本に描いたものであった。
ところが、畑の積雪の表現をもっと丁寧に描くつもりがぞんざいになってしまったり、山肌描くのに何回も失敗して、ティッシュで吸い取ってはまた塗りーの、家の屋根を白く残すのに失敗してガッシュの白を塗り重ねたり、透明水彩では御法度のことをいっぱいしている絵である。
見本どころか、知人本人の描いた同じモチーフのほうがよっぽど上手く描けていて、がっくりきたのであった。
でも、時間たって見ると、単純素朴でなんということもない絵だけど、静かな空気感があって、まあそう悪くもないかという気がした。
自分の絵も、描いて時間をおくと、自分が描いたというところから離れて、客観的に鑑賞者としてして見ることができるので、評価が変わることはちょくちょくあるね。
描いたときは、いい! と思っていたので、時間をおいてみると、あまりにヘボくてがっくりくるという、逆の状況もままあるけれど。
ブログ書いてる時間があったら、さっさと作品にとりかからんかいな!

































